さて、今日はとてもチャレンジングなテーマですが
偽物と本物のスピリチュアルの違いとは?をお届けします。

近頃感じるのですが、スピリチュアルを名乗るコーチの方などが

実は結構スピリチュアルでないな〜と思うことがあります。

 

例えば、下記のようなコメントをいただいたこともあります。

「慢心というものは存在しないんですよ。概念の違いなんです。

どのようにその出来事を自分が受け止めるのかで
考え方が変わりますから、慢心という考え方はないんです。」

とのことで、反省という概念も否定されそうで
話が続かなかったことを覚えています。

ある方の動画セミナーも拝聴したのですが、
はっきりと宗教とスピリチュアルは違いますと
おっしゃられていて、

そのあたりから、どうしても、どうしても、
何か心の奥底から、危険を感じてしまい、
とうとう抑えられなくなってしまったので、
今日は思い切ってこのテーマにしました。

と、言いますのは、日本でスピリチュアルを
語り仕事をしているコーチやカウンセラーの方々の
コンテンツ内容を拝見すると、

「かなり、スピリチュアルでない。」

という印象を私は受けます。

潜在意識を語っている方が多いと思いますが、
本来のスピリチュアルという意味とは違う
潜在意識を伝えているようです。

潜在意識=心=魂と、私も理解していますが、

魂や心を語るには、本来では神学や仏門に入り、
学ぶ内容であると思います。

正直、大丈夫かな~と心配になります。

スピリチュアルという語源をWikipediaでみますと、

(以下参照)
英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、
ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、
霊的であること、霊魂に関するさま[1]。

英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、
または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、
超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する[2]。

キリシタン用語としては、
ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される
(以上)

とあります。

英語圏では、はっきりとキリスト教系の内容が出ています。

ですので、スピリチュアルを語る方には、

「教養として」

最低でも、キリスト教や仏教の教えなどが
入っていないといけないのでは?と思います。

もう1つ、心配なのは、

一瞬で潜在意識を書き換えるという

キャッチーな内容のテーマも多いようです。

一瞬で自身の何かに気づきを得られるという体験は
あると思いますが、

それが、いつものことであったり、
それが全てであることはなく、

潜在意識のコントロール
想念のコントロールは、

この世では大変難しく、

スピリチュアル的には、
自分の心以外の影響も多大に受けますから、

「それほど簡単なことではない」

と、私は実感しています。

簡単でないから、

過去の偉人たちが、教えを説き、
人々がその教えを学び、実践し、
1つ1つ悟りを得ていった

のではないのでしょうか?

現代社会は、お金が至上になっていて、
自身がお金を得るために、

神聖な領域にあるものを使い、名乗り、
その神聖な領域を侵しているように思えます。

それを知らずにビジネスされ、
さらに、その間違った教えを人々に伝えていることに対する
宇宙からの反作用は、

それは、それは、大きく本人に戻ることでしょう。

そんなことを心配している私でした。

本来、スピリチュアルとは、英語ですので
キリスト教の思想が根底にあります。

日本なら、神道や仏教の思想が根底に
あります。

教養として、学んでいるか、肯定しているか、
そこが分かれ道だと思います。

私自身も、心の法則とコーチングをセットにして
自身やお客様の幸せな人生を求めている者として

深く自戒したいと肝に銘じます。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。